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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4956号 判決

原告

沢田孝雄

右訴訟代理人

原田豊

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者

辻野和宜

右訴訟代理人

模泰吉

道上明

主文

一  原告が昭和五九年七月一五日午後八時頃その所有する自家用軽貨物自動車姫路四そ八四二三による自動車事故で別府善治を負傷させたことにより損害賠償責任を負担することによつて被る損害について、被告が昭和五九年五月二五日から三〇日以内に自動車入替承認裏書請求書を受領していたならば軽減することができたと認められる部分を除き、被告は原告に対し昭和五八年一一月一二日に原・被告間に成立した自家用自動車保険契約による保険責任を負うことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  申立て

一  原告

1  原告が昭和五九年七月一五日午後八時頃その所有する自家用軽貨物自動車姫路四そ八四二三による自動車事故で別府善治を負傷させたことにより損害賠償責任を負担することによつて被る損害について、被告が原告に対し昭和五八年一一月一二日に原・被告間に成立した自家用自動車保険契約による保険責任を負うことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主 張

一  請求の原因

1  原告と被告は昭和五八年一一月一二日に次の内容の自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

保険種類

自家用自動車

保険期間

昭和五八年一一月一二日から

昭和五九年一一月一二日まで

被保険自動車

姫路四〇ウ二八七五・ホンダH―TA自家用軽四輪貨物車(以下「本件旧自動車」という)

被保険者 原告

保険金額

対人賠償 一名につき

一億五〇〇〇万円

自損事故 一名につき

一四〇〇万円

無保険車傷害 一名につき

一億五〇〇〇万円

対物賠償

二〇〇万円

搭乗者傷害 一名につき

一〇〇〇万円

2  原告は、昭和五九年五月二五日頃に本件旧自動車と同一用途・同一車種の自家用軽四輪貨物車姫路四〇そ八四二三・スズキキャリーM―ST四一(以下「本件新自動車」という。)を購入し、本件旧自動車の廃車手続を購入業者に依頼した。その後本件旧自動車は運行の用に供されることなく、同年六月一一日にその自動車検査証が返納された。

3  原告は同年七月一五日午後八時に、本件新自動車を運行中、事故(以下「本件事故」という。)を起し、別府善治に傷害を負わせ、同人に対し三四七万三六〇〇円以上の損害賠償義務を負担することになつた。

4  原告は、同月一六日に被告の代理店の全但トヨタ整備株式会社(以下「全但トヨタ」という。)に赴き、同月一五日に被保険自動車入替承認裏書手続未了の本件新自動車で本件事故を起したことを説明し、本件事故による損害について本件保険契約が適用されるように手続をとることを全但トヨタの従業員に依頼した。全但トヨタの従業員は、本件新自動車の自動車検車証に所有者として原告の氏名が記載された日が同年五月二五日であり、同日から三〇日以上経過しており、同月一五日に本件事故が発生していることを承知して、同月一四日を異動日とする原告名義の被保険自動車入替承認裏書請求のための自動車保険承認請求書(以下「自動車入替承認裏書請求書」という。)を作成し、被告但馬支店の従業員も右事情を知りながら自動車入替承認裏書事務を担当する被告西宮事務センターにこれを送付し、被告は同月一四日を異動日とする被保険自動車入替を承認する旨の自動車保険承認証(以下「自動車入替承認証」という。)を作成し、これを原告に送付した。

本件保険契約の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条によると、被告は被保険自動車の入替において、入替自動車の自動車検査証に被保険自動車の所有者の氏名が記載された日から三〇日以内に保険契約者が書面により被保険車両変更承認の裏書を請求し、被告がこれを受信した場合に限り、記載日以後、記載日において被保険自動車であつた自動車に代えて入替自動車を被保険自動車として普通保険約款を適用することになつているが、被告は原告に対し自動車入替承認証を送付することによつて、右三〇日以内の制限に遅れた原告の自動車入替承認裏書請求書の瑕疵の治癒を認めて右入替自動車の自動担保条項適用を承認したか、同月一四日以降原告の本件新自動車の運行によつて生じた損害について被告が保険責任を負う旨意思表示したというべきである。自動車入替承認証の異動日の記載を単なる誤記だとか錯誤だとかいうべきではない。

5  本件のような自動車保険契約において、保険契約者としては自己の所有する自動車に起因する損害をてん補するために契約するのであつて、自動車入替をした場合の手続等について約款上どうなつているか知らないのが現状であり、原告もその例外ではない。本件新自動車は本件旧自動車と同種類同用途の自動車であり、原告の自動車入替手続が遅れたことによつて被告の損害が増大したものではないから、本件自動車事故発生前に被保険自動車入替承認裏書請求手続をしなかつたことの故に被告に本件事故による損害てん補責任の免除を認める点で、被告主張の自家用自動車保険普通保険約款六章一般条項六条及び特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条の各規定は無効である。

6  ところが、被告は前記約款の各規定を口実に本件事故による原告の損害について本件保険契約による保険責任がないと主張するので、被告が原告に対し右保険責任を負うものであることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1の事実を認める。

2の事実を知らない。

3の事実中、原告が昭和五九年七月一五日に本件新自動車を運行中に本件事故を起したことは認めるが、その余は知らない。

4の事実中、原告が同月一六日に全但トヨタを訪れ、自動車入替承認裏書請求書を提出し、被告が同月一四日を異動日とする自動車入替承認書を送付したことは認めるが、その余は否認する。全但トヨタの営業部長倉見三千男が原告の自動車入替承認裏書請求書を受付けた際、請求書に請求日を同月一六日と書くべきところ誤つて同月一四日と記載したため、そのまま手続が進められ同月一四日を異動日とする自動車入替承認証が作成されたに過ぎず、右自動車入替承認証の異動日の記載は錯誤に基づく誤記であり、その交付によつて同月一四日以降原告の本件新自動車による損害について被告が保険責任を負う旨意思表示したものではない。倉見は右請求書を受付けた際、原告に同月一六日以前に本件新自動車により発生した事故の損害について被告が保険責任を負わないことを説明している。また、原告主張の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条(入替自動車に対する自動担保)は入替自動車の自動車検査証に所有者の氏名が記載された日から三〇日以内に入替自動車承認裏書請求書が被告に受領された場合に限つて適用がある。

自家用自動車保険普通保険約款六章六条(被保険自動車の入替)は「①被保険自動車が廃車:された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途及び車種の自動車を新たに取得し:た場合に保険契約者が書面をもつてその旨を被告に通知し、保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求した場合において、当社がこれを承認したときは、新たに保険証券に裏書された自動車について、この保険契約を適用します。②被告は、自動車の入替があつた後(前項の承認裏書請求書を受領した後を除きます。)に、前項にいう新たに取得し:た自動車について生じた事故については、保険金を支払いません。」と規定している。それ故、本来入替後の自動車については従来の保険契約が及ばないが、保険契約者が所定の裏書請求をした場合において、保険会社が入替後の自動車にも従来の保険契約を適用することを認めることがあり、入替後の自動車について生じた事故につき保険金が支払われるのは車両入替承認裏書請求書を受領したとき以後である。たとえ、車両入替承認証に異動日として昭和五九年七月一四日と記載されていても、全但トヨタが原告の車両入替承認裏書請求書を受付けたのが、同月一六日である以上前記特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条の適用のある場合以外、右受付日を遡及して被告が本件新自動車による事故について保険責任を負ういわれはない。被告は自動車入替承認証により、本件新自動車について保険金を支払うことを承認したが、同月一四日からの事故にも保険金を支払うことまで承認していない。承認したのは現実に自動車入替承認裏書請求書を受付けた同月一六日以降の本件新自動車による事故についてである。

5の主張を争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実については当事者間に争いがない。

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によると、同2、3の事実(但し原告が昭和五九年七月一五日に本件新自動車を運行中に本件事故を起したことは争いがない。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二〈証拠〉によると次の事実が認められる。

1  原告は昭和五九年七月一六日に被告の代理店の全但トヨタを訪れ(この事実は争いがない)、本件旧自動車を本件新自動車に買い替えていたが同月一五日に本件新車で本件事故を起したことを説明し、本件事故による損害について本件保険契約が適用されないかを全但トヨタの営業部長倉見三千男に尋ねた。

2  そこで倉見は被告但馬支店に電話で照会し、「新車入れ替え後一か月以上経過しているので本件事故については本件保険契約は適用されず保険金を支払えない。」との回答を受け、その旨原告に伝え、爾後のことを考え自動車が変つているので取敢えず被保険自動車入替承認裏書請求手続をとるように勧め、原告が持参した本件新自動車の昭和五九年五月二五日付自動車検査証を見ながら自動車保険承認請求書用紙に自動車入替承認請求に必要な事項を記入し、原告に捺印させて自動車入替承認裏書請求書を作成した。その際、倉見は「異動年月日」欄に「昭和五九年七月一六日」と記載すべきところを「昭和五九年七月一四日」と誤つて記載した。

3  この自動車入替承認裏書請求書は被告但馬支店を通じて被告西宮事務センターに送られ、右請求書に基づいて異動日を昭和五九年七月一四日とする自動車入替承認証が作成され、原告に送付された(自動車入替承認証が原告に送付されたことは争いがない。)が、倉見も被告但馬支店の従業員も自動車入替承認裏書請求書の異動日が昭和五九年七月一四日となつていることに気付かなかつた。

4  本件保険契約についての自家用自動車保険普通約款一章賠償責任条項一条(当会社のてん補責任―対人賠償)には「①被告は、保険証券記載の自動車(:以下「被保険自動車」といいます。)の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補します。」旨、同二条(当会社のてん補責任―対物賠償)には被告は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の財産を滅失、破損または汚損することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補します。」旨、同約款六章一般条項六条(被保険自動車の入替)には「①被保険自動車が廃車:された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途及び車種の自動車を新たに取得し:た場合に保険契約者が書面をもつてその旨を被告に通知し、保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求した場合において、被告がこれを承認したときは、新たに保険証券に裏書された自動車について、この保険契約を適用します。②被告は、自動車の入替のあつた後(前項の承認裏書請求書を受領した後を除きます。)に、前項にいう新たに取得し:た自動車について生じた事故については保険金を支払いません。」旨、特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条(入替自動車に対する自動担保)には「被告は、この特約により、普通保険約款一般条項六条(被保険自動車の入替)二項の規定にかかわらず、同条一項にいう自動車の入替において、入替自動車の自動車検査証に被保険自動車の所有者の氏名が記載された日(以下「記載日」といいます。)から三〇日以内に、保険契約者が書面により保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求し被告がこれを受領した場合にかぎり、記載日以後、記載日において被保険自動車であつた自動車に代えて入替自動車を被保険自動車として普通保険約款を適用します。」旨それぞれ規定されている。

5  原告は右約款の規定の存在を昭和五九年七月一六日に全但トヨタへ行くまで知らなかつた。

6  本件旧自動車の初度登録は昭和五二年であり、本件新自動車は初度登録が昭和五九年五月の新車であつた。

以上のとおり認められ、右認定に反する原告の供述部分は前掲各証拠に対比すると容易に採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三右二の2、3の事実によると、被告の代理店の全但トヨタの倉見は本件事故については本件保険契約は適用されず保険金を支払えない旨原告に伝えたうえ爾後のことを考え自動車入替承認裏書請求手続をとるように勧めた後に、原告の自動車入替承認裏書請求書を受付けたが、その際異動年月日欄に「昭和五九年七月一六日」と記載すべきところを「昭和五九年七月一四日」と誤つて記載し、その記載に基づいて爾後の手続が進められた結果、原告に異動日を昭和五九年七月一四日とする自動車入替承認証が交付されたに過ぎないから、被告が右自動車入替承認証を原告に送付したことをもつて、本件保険契約の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条の三〇日の制限に遅れた原告の車両入替承認裏書請求書の瑕疵の治癒を認めて右入替自動車の自動担保条項適用を承認したとか、同月一四日以降原告の本件新自動車の運行によつて生じた損害について被告が保険責任を負う旨意思表示したとは認められない。

四前記二の4によると、自家用自動車保険契約は保険証券記載の被保険自動車の所有、使用または管理に起因し対人事故・対物事故により被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を被告がてん補するものである(自家用自動車保険普通保険約款一章賠償責任条項一、二条)が、被保険者が廃車された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途及び車種の自動車を新たに取得し、保険契約者が書面をもつてその旨を被告に通知し、保険証券に被保険自動車の変更承認裏書を請求し被告がこれを承認したときには、右承認請求書を被告が受領したときから新たに保険証券に裏書された入替自動車についてこの保険契約が適用され(同六章一般条項六条)、特に入替自動車の自動車検査証に被保険者の所有者の氏名が記載された記載日から三〇日以内に、保険契約者から被告が被保険自動車の入替承認裏書請求書を受領した場合にかぎつて、記載日以後、記載日において被保険自動車であつた自動車に代えて入替自動車を被保険自動車として普通保険約款が適用される(特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条)ことになつている。

しかし、一般に自動車保険契約において、保険契約者は自己の所有する自動車に起因する損害をてん補するために契約するもので、約款の具体的内容を知らないことが多いと考えられるところ、保険契約者が被保険自動車を廃車にし新たに被保険自動車と同一の用途及び車種の入替自動車を新たに取得した場合において、その入替自動車によつて特段著しい危険の増加を伴わないときにも、保険契約者が入替自動車の前記記載日から三〇日を過ぎて入替自動車の承認裏書請求手続をとつても、車両入替承認裏書請求書を被告が受領したとき以後に入替自動車によつて生じた事故に起因する損害しか填補しないとする前記約款六章六条と特約条項⑥二条は保険契約者にとつて苛酷に過ぎるといわなければならない。それ故商法六五〇条・六五六条・六五七条が、危険の著るしい変更増加を要件として、損害保険契約の失効又は解除の効果を認めていることの立法趣旨の類推適用ないし信義則上、保険契約者が被保険自動車を廃車にし(爾後従来の被保険自動車について対人・対物損害の発生の余地がなくなる。)新たに被保険車と同一の用途で同種の入替自動車を取得し、その入替自動車によつて特段著るしい危険の増加を伴わない場合には、前記特約条項⑥二条の前記「記載日から三〇日以内」の制限は無効であり、右期間の経過後に自動車入替承認裏書請求書を被告が受領したときでも、記載日以後右請求書受領時以前に入替自動車によつて生じた事故に起因する損害についても、右期間内に被告が右請求書を受領していたならば軽減することができたと認められる部分を除き、被告は自動車保険契約上の損害てん補責任を負うと解するのが相当である。

そして、前記二6の事実によると、原告は初度登録昭和五二年の本件旧自動車を廃車にし、新たにこれと同一の用途で同種で新車である本件新自動車を購入し爾後本件旧自動車は運行の用に供されることがなかつたのであるから、自動車の入替によつて特段著るしい危険の増加が伴わなかつたと推認され、右推認を左右するに足りる証拠はない。

してみると、被告は原告に対し本件事故により別府善治に傷害を負せたことにより原告が損害賠償責任を負担することによつて被る損害(但し被告が前記記載日の昭和五九年五月二五日から三〇日以内に自動車入替承認裏書請求書を受領していたならば軽減することができたと認められる部分を除く。)について本件保険契約上のてん補責任を負うというべきである。

五よつて、原告の本訴請求は被告が昭和五九年五月二五日から三〇日以内に自動車入替承認裏書請求書を受領していたならば軽減することができたと認められる部分を除く損害について理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官河田 貢)

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